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索引
名 前
内 容
あ行 エリヤ Wiki  JW エリヤ 

はじめギレアデのテシベ(ティシュベ)に住み、アハブ(アハブは、北イスラエル王国の王-在位:紀元前869年 - 紀元前850年)。がイスラエル王国の王であったとき、預言活動を開始した。エリヤがサマリヤ地方を去ってヨルダン東岸のケリテ川のほとりに三年すんだ間、王国には雨がなく、飢饉が激しかった。エリヤはイスラエルに戻ると、アハブに求めて「バアルの預言者450人、アシラの預言者4百人、イゼベルの食卓で食事する者たち」[5]との競争を行った。バアルの預言者たちとエリヤはカルメル山に祭壇を築いて、それぞれの神に祈ったところ、バアルからは何の答えも無く、エリヤの神(ヤハウェ)のみが天から火を降らせるという奇跡をなした。直後にエリヤはバアルの預言者を捕えるよう指示を出し、バアルの預言者たちは捕えられて処刑された。

JW ウィキペディア エリヤ

西暦前940年ごろ支配し始めたアハブ王の治世中に,預言者としての長年にわたる仕事をイスラエルで開始し,アハブの子アハジヤの治世(西暦前919年ごろに始まった)中も引き続きその仕事に携わりました。(王一 22:51)エリヤが預言者として(この時はユダのために)仕えたことが最後に言及されているのは,西暦前913年に支配し始めたユダのエホラム王の8年間の治世の終わりごろのことです。―代二 21:12‐15; 王二 8:16。
 
ウィリアム・エグリントン 1884年、庭園の交霊会で、白日の下、四人の霊人を出現させた。出席者とその四人は会
話して散歩した。質問をし答えた。(近スピ百-76 )


か行

さ行 ジョン・レナード  『スピリチュアリズムの真髄』 (世界心霊宝典第3巻)  
近藤千雄訳  国書刊行会、1985年

た行 デビッド・ダギッド
 
1832-1907年。D・D・ホーム同様、あらゆる現象を起こした霊媒。特に霊の手で、油絵を短時間で描く。
支配霊は、画家のルースディル、ジャン・バン・ステン。指導霊はハーフェドでペルシャの王子。当方の三博士の指導者だったという。イエスと共にペルシャ、インドその他を旅行したと語っている。(近スピ百-74)
 
デボラ(女預言者) Wiki デボラ
西暦前15世紀のモアブの王の時代。イスラエルの民が悪を行っていた背景がある。彼らはカナンの王ヤビンに売り渡され、20年間もの間押さえつけられていた。そこで民が主に助けを求め、デボラが裁きを行うようになった。このことは「士師記」4章に詳述されている。

「士師記」5章はデボラとバラクの歌である。カナン人との戦いに参戦した部族もそうでない部族も名前が記されており、部族が完全には統一されていなかったことが窺える。ヘブライ語で最古のものの1つと言われ、散文と詩歌の繰り返しという記録方法もその古さを示唆している。


JW デボラ
イスラエルの女預言者で,ラピドトの妻。(裁 4:4)ラピドトとバラクは同一人物であったという人もいますが,そのことを示す証拠はありません。デボラとバラクが仲間としてかかわりを持ったのは,専らイスラエルをカナン人の圧制から解放するという共通の関心事を持っていたからです。デボラはエフライムの山地の,ラマとベテルの間にあるやしの木の下に住んでおり,「イスラエルの子らは裁きを求めて彼女のところに上って来る」のでした。―裁 4:5。

な行 ノア
 
Wiki  ノア
ノア(ヘブライ語)は、旧約聖書・『創世記』5章10章に登場するノアの方舟(箱船)で有名な人物。創世記の記述に従うならば、すべての人類の祖先ということになる。
 
JW  ノア
(Noah). [ヘ語,ノーアハ,多分,「休息; 慰め」] レメクの子で,セツを通してアダムの家系の10代目に当たる人。アダムが死んでから126年たった西暦前2970年に生まれました。父親のレメクはノアと名づけた時,「この者は,エホバがのろわれた地面から来るわたしたちの仕事と手の苦痛からの慰めをもたらしてくれるだろう」と言いました。―創 5:28‐31。

は行 パイパー婦人 レオノーラ・エヴェリーナ・パイパー(Leonora Evelina Piper、1859年 - 1950年)は、アメリカ人女性の霊媒師。初期に調査対象とした著名な霊媒。
1884年から45年以上にわたり数百回以上の実験に協力し、科学的な調査に協力的な霊媒の代表的な人物。 彼女の実験により、オリバーロッジなど著名な科学者が多数、スピリチュアリストになった。 婦人の支配霊は1884年からフィニット博士。1792からジョージ・ベルマン。1897年からインペレーターと言われる。(近スピ百78)  参照
参照 真理との邂逅 

ま行
メルキゼデク

西暦前12世紀の人という資料もある。(霊的人類-48)  参照 ウィキペディア

メルキゼデク(ヘブライ語 )とは旧約聖書の登場人物で、『創世記』(14:18)にて「いと高き神の祭司」、並びに「サレムの王」として紹介されている。『詩篇』(76:3)の記述などを根拠に、「サレム」は伝統的にエルサレムと同一視されている。

彼の名前はウガリットの文書に記されていたカナンの神ツェデクに由来しているのだが、この「ツェデク」は王の称号、あるいは異名として代々エルサレムの王に引き継がれていたと見られ[誰によって?]、実際、『ヨシュア記』(10:1)にはアドニ・ツェデク (????-???) がエルサレムの王として登場している。


(Melchizedek)[義の王] 参照 JW

古代サレムの王で,「至高の神」エホバの「祭司」。(創 14:18,22)メルキゼデクは聖書の中で最初に出て来る祭司で,西暦前1933年よりも前のある時点でその立場に就きました。「平和」という意味のサレムの王だったので,メルキゼデクは使徒パウロから「平和の王」と呼ばれ,また,メルキゼデクという名前に基づいて「義の王」とも呼ばれました。(ヘブ 7:1,2)古代サレムは後代のエルサレム市の中核になっていたと考えられており,その名はエルサレムという地名に組み込まれました。それでエルサレムは時に「サレム」とも呼ばれます。―詩 76:2。

族長アブラム(アブラハム)は,ケドルラオメルとその同盟者の王たちを撃ち破った後,“シャベの低地平原”つまり「王の低地平原」に来ました。そこでメルキゼデクは『パンとぶどう酒を携えて来て』アブラハムを祝福し,こう言いました。「アブラムが祝福されるように。至高の神,天地を作り出された方によって。至高の神がほめたたえられるように。あなたを虐げた者をあなたの手に渡されたその方が」。それに対しアブラハムは「すべての物の十分の一」,すなわち,連合した王たちとの戦いで勝利を収めて獲得した「主な戦利品」の十分の一をその王なる祭司に与えました。―創 14:17‐20; ヘブ 7:4。

キリストの祭司職を予表する 注目に値するメシアに関する預言の中に,エホバがダビデの「主」に対してお立てになった,「あなたは定めのない時に至るまで,メルキゼデクのさまにしたがう祭司である!」という誓いの言葉があります。(詩 110:1,4)霊感を受けて記されたその詩編を裏付けとして,ヘブライ人は約束のメシアを祭司と王の職を兼務する方とみなしていました。使徒パウロはヘブライ人への手紙の中で,「イエス,メルキゼデクのさまにしたがい永久に大祭司となられた方」と述べ,予告されていたのがだれかに関する疑念を取り除きました。―ヘブ 6:20; 5:10。「契約」を参照。

直接の任命 エホバがメルキゼデクを祭司に任命されたようです。イエスの大祭司としての地位を論じた際,パウロは,「アロンもそうであったように[人はこの誉れを]自分で[取るのではなく,]神に召された時にのみ取るのです」と述べました。さらに,「キリストもまた,自ら大祭司となって自分に栄光を付したのではなく,彼について,『あなたはわたしの子。わたしは,今日あなたの父となった』と語られた方によって栄光を与えられました」と説明しました。次いで,同使徒は詩編 110編4節の預言の言葉をイエス・キリストに適用しています。―ヘブ 5:1,4‐6。

『レビから什一を受ける』 メルキゼデクの祭司の地位はイスラエルの祭司職と関連がありませんでした。聖書が指摘している通り,それはアロンの家系の祭司職よりも高いものでした。そのことを示す一つの要素は,祭司の部族であるレビを含む全イスラエル国民の父祖であるアブラハムがメルキゼデクに敬意を表したという点です。「エホバの友」であり,「信仰を持つ人すべての父」となったアブラハムは(ヤコ 2:23; ロマ 4:11),至高の神のその祭司に十分の一,すなわち「什一」を与えました。パウロの説明によれば,レビ人は同じアブラハムの腰から出た兄弟たちから什一を集めましたが,メルキゼデク,すなわち「彼らの系統を引かない人がアブラハムから什一を受け」,「什一を受けるレビでさえ,アブラハムを通して什一を払ったのです。メルキゼデクが出迎えた時,彼はまだ自分の父祖の腰にあったからです」。それで,レビの祭司たちはイスラエルの民から什一を受け取りましたが,彼らは,自分たちを代表する先祖のアブラハムを通してメルキゼデクに什一を払いました。さらに,メルキゼデクの祭司職が勝っていることは,メルキゼデクがアブラハムを祝福したことからも明らかです。パウロも「小さいほうの者が大きいほうの者から祝福されます」と述べています。これらの要素を考えただけでも,メルキゼデクは大祭司イエス・キリストの予型としてふさわしい人物であると言えます。―ヘブ 7:4‐10。

前任者も後継者も持たない レビ族の祭司職によって完全さを得ることはできず,したがって『メルキゼデクのさまにしたがった』祭司の出現が必要とされたということを,パウロは明確に述べました。キリストが祭司職に就かない部族のユダの出身である点を指摘する一方,イエスとメルキゼデクの類似点を挙げながら,イエスが「肉に依存するおきての律法によってではなく,滅びることのない命の力によって」祭司となったことを説明しました。アロンとその息子たちは誓いなしに祭司になりましたが,キリストに与えられた祭司職の任命はエホバの誓いをもってなされました。また,レビ族の祭司たちは死んでいき,後継者を必要としましたが,復活したイエス・キリストは「永久に生き続けるので,後継者を持たずに自分の祭司職を保ちます」。したがって,「自分を通して神に近づく者たちを完全に救うこと[ができます]。常に生きておられて彼らのために願い出てくださるからです」。―ヘブ 7:11‐25。

メルキゼデクは『生涯の初めもなければ命の終わりもない』とどうして言えますか

パウロは,メルキゼデクに関する顕著な事実を取り上げ,この人物について次のように述べました。「彼は,父もなく,母もなく,系図もなく,生涯の初めもなければ命の終わりもなく,神の子のようにされていて,永久に祭司のままです」。(ヘブ 7:3)メルキゼデクは他の人間と同様に,生まれ,やがて死にました。しかし,その父親と母親の名前は示されず,先祖や子孫も明らかにされておらず,その生涯の初めや命の終わりに関する情報は聖書の中に何も収められていません。ですから,メルキゼデクは適切にも,終わりのない祭司職を持たれるイエス・キリストを予表することができました。メルキゼデクに祭司職の前任者や後継者があったという記録はありません。同様にキリストにも,キリストご自身に似た大祭司の前任者はなく,聖書によれば,何人たりともその後を継ぐことはありません。さらにイエスは,ユダの部族のダビデの王統に生まれましたが,血のつながった祖先はその祭司職と何の関係もありません。祭司と王の職がイエスによって兼任されるようになったのは,人間の先祖の功績によるのでもありません。それはエホバご自身がイエスに対して誓われた結果です。

エルサレムのタルグムに出ていて,ユダヤ人の間で広く受け入れられてきた見解によれば,メルキゼデクとはノアの子セムでした。当時セムは生きていて,アブラハムの妻サラよりも後に死にました。また,ノアはセムを特別に祝福しました。(創 9:26,27)しかし,このような同定は確証されていません。メルキゼデクの国籍,系図,子孫は聖書の中で明らかにされていないという事実に依然変わるところはなく,しかも,そのことには十分の理由があります。なぜなら,メルキゼデクはそれゆえにイエス・キリストを予表することができたからです。イエス・キリストはエホバの誓いによって,「メルキゼデクのさまにしたがい永久に大祭司となられた」のです。―ヘブ 6:20。


や行

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