1886年 ・・御船千鶴子

 御船 千鶴子(みふね ちづこ、1886年(明治19年)7月17日 - 1911年(明治44年)1月19日)は、透視能力を持つ超能力者として福来友吉博士に紹介された日本の女性。
 生まれつき進行性の難聴があり、成人するころには左耳が聴こえにくかったという。繊細な感受性と豊かな情緒性を持っていたと言われる。また、観音菩薩を篤く信仰していた。


 実験では予想外に好成績で、1910年(明治43年)4月には研究仲間で京都帝国大学医学博士今村新吉を伴い現地での本格的実験と能力開発指導を始めた。この結果二人は透視能力の確実を確信し学会にも報告した。
 また4月25日付で「熊本に密閉箱の名刺を読む女性出現」と当時の新聞に大きく採り上げられた。これに対し東京帝国大学の理学博士山川健次郎は特に強い興味を示し、科学的な検証を提案して来た。公開実験が行なわれたが、不的中なら非難され、的中なら詐術を疑われ、強い疲労と能力低下に悩んで御船千鶴子は自殺してしまった。

より詳細は Wikiを参照-御船千鶴子